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剣と刀がいつのまにか

 2011-10-05
剣と刀

最近、なぜか器械の套路をやりたくなって、練習の前の短い時間に、
楊式剣と、楊式刀を練習しています。15分ぐらいですが。

徒手の楊式や陳式が好きなので、器械はあまり練習してこなかったです。
やっぱり徒手のほうが、私はテンションあがります。


この前、器械を持ったのは何年前のことか・・・・。
このまま時間の経過とともに、自分の中から消滅するのがもったいないような・・・、
突然そんな気分になったので、呼び戻すことにしました。

やってみると、新しい刀や剣が欲しくなって、
3本も購入してしまいました。
楊式刀が2本、剣が1本。

今、中国武術専門店のネットショップが沢山あって、
簡単に手に入れる事ができます。

以前は・・・・
最初は、練習用の竹の剣(竹の棒と言った方が良い)
木で作った剣、香港製の粗雑な剣、日本で作った鋳物の剣。
どれもこれも、バランス悪くて使い物になりません。

上海や、北京まで行ってやっと買い求めた剣を手元に置けたのは、
剣を練習し始めてから、何年もたってからの事でした。

いつのまにか、こんなに溜まっていました。

鞘の付いていないのは、上海で買った剣と友人からもらった北京の剣。
なぜ、鞘がないかというと、鞘を捨てて中身だけ持って帰ったからです。
鞘の付いているのは、最近ネットで買ったもの。

くっつけている剣穂(房)や、刀采(布)は、戦う時に手首に巻き付けて、
器械を手から離れないようにする意味があります。


器械はすぐに飽きると思いますが、しばらく探究してみます。


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獅子座イングレス後の太極拳的発見

 2011-09-15
しばらくブログ更新滞ってました。

8月22日に、私の体内時計のような進行の太陽が、蟹座をやっとこさ抜けて、
獅子座にはいりました。
私は双子座の生まれですが、獅子座にイングレスするのをとても楽しみにしていたのです。
それはどんな感覚かと・・・。
私は、双子座の生まれですが、獅子座イングレスをかなり前から楽しみにしてたのです。

軽くて、なかなか快適です。

この1カ月ほど、いろんな事があったのですが、
一番のびっくりは、太極拳的発見があったこと。
それは、太極拳とは何の関係もないNLPコースで、サポータをした時の、
ふとした会話から始まりました。

最初は、肩コリの肯定的意図・・・という、極めてNLP的な発見と、
行動へのシフトだったのですが。

そこから、体の細部に意識が向いて、
太極拳の体の使い方・・・
身法と勁力について、重要な発見をしました。
(私自身としては・・・ということです)

発見・・・といのは、自分の中で「創造」が起こっているわけで、
これは、とても獅子座っぽいです。

周元龍老師が、「沈肩とは・・・・・○○○・・・・」
とおっしゃっていた言葉を思い出しました。
う~~~ん、今回の発見とぴったり繋がりました。

かなり嬉しいです。

このブログ、恐れ多い事に「周元龍」のキーワードでヒットして、訪問してくださる方も、
おられるので、敢えてその言葉の内容は書きません。
真意が伝わらないかもしれないので。

沈肩墜肘や含胸抜背etc・・という太極拳の基本要求も、
動きの結果に他なりません。
そうする為の、体の使い方や認識の仕方、意識の向け方が
必ずあるわけで、結果だけを求めて体をコントロールしたら、
近い物にはなるが、本質には届かない。
なんだかそんな感じです。

ところで・・
大切な事って、思考の結果ではなくて、
ふとした直感や、ひらめきに導かれるのですね。
その前提として、沢山の一見無駄な試行錯誤や努力が
あることも確かですが。

自分が認識していることが、今の世界のすべて。
まだまだ、未知の領域がありそうです。

楽しいなあ~~~。わくわく。



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太極拳のこと④~自由な感覚~

 2011-06-29
6月の土曜日は、あれやこれやのイベントが入り(正確に言うと、イベントを優先し)
太極拳の練習にいったのは、一回だけ。

いくらなんでも、7月は練習に参加しよう。と、思う。

今、太極拳への関わりの基本的スタンスは、
自分の体を感じるツールとして使っています。

表演会に出ない、競技会に出ない、連盟の行事には一切参加しない。
なんでかというと、今、もうそこに得たいものは、何もないから。
これは、太極拳的な興味・・というという点でもそうだけど、
太極拳をすることに関連して発生する様々な「体験」としても。

感情的な体験としては、喜びとか感動とかだけでなく、
怒りとか争いとかドロッとしたものも含めて。
もう、手放してしまいました。
職場だけでは体験できない、沢山の事を学ばせていただき、
直面したトンデモな事も含めて、ただただ、場や人に感謝しています。

かといって、太極拳好きな事は変わらないので、
これからも、ずっと続けていくと思う。 やってる限り、発展途上です。

ところで、

ネット社会、太極拳のホームページやブログ、いっぱいあるんですね。
今日、ネットサーフィンしていてびっくりしました。
東京方面で、よく知っている何人かの方のものもありました。
実力ある人ほど、内容謙虚です。あたりまえかな。

書いてること、良くわからんけど、なんだか専門的で立派そうな言い回し。
えらい一生懸命練習してはるねんな~~~。
と、感心して読んでいると、その指導者らしき人のトンデモ表演写真。
写真up、やめといたらいいのに~~と、胸が痛みます。

これは、自分に向ける言葉でもあるのですが。
理論を知識として理解していることと、それが出来ること、
出来ているかどうかを見切ること、は全く違います。
厳しい世界です。


気になることが一つ。

自分が太極拳習ってる人が日本人なのに、○○老師とか、師父と書いてあって、
崇め奉ってる感じのブログ、いくつか目につきました。
鈴木老師とか、山田老師とか、変でしょ?変と思うの私だけ?
師父って、僧侶の尊称では?ここ少林寺ちゃうで~~。

そもそも、
習う・教えるの立場の違いがあっても、人として対等だと思うんですけど。
なんだか違和感あり。

「自分について来なさい・・」みたいなスタンスの人に習う時は要注意。
学ぶところは学び、自分で考え、体感する。
日本人が、日本で太極拳上達するために絶対必要な姿勢です。
人に預けてはいけません。

私は自分の先生が中国人やから、老師・ラオシと呼ぶけど、それ以上の
意味ありません。(老師は、シンプルに先生・・って意味です。)
先生は大好きだし尊敬してますが、崇拝していませんし、
人として対等と思っています。
先生、感情表現のストレートなところが好きです。
怒る時、地面を蹴り飛ばして怒りはるし~~。(*^_^*)

ちなみに、中国に行ったら幼稚園の若い先生も「老師」と呼ばれます。

どんな関係でもそうですが、ヒエラルキーを構成して、
どこかに自分の位置を見つけるのは、
楽ちんですが、時代遅れでは?
精神的自立も損なうのでは?


太極って、陰の中に陽があり、陽の中に陰がある。
常に変化して、とどまるところがない・・。
ほんとに、自由な感覚が好きです。

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小龍包のお店まもなく開店!!

 2011-06-28
今日、駅の近くで「小龍包のお店、間もなく開店!」と張り紙が!!

そこは、以前たこ焼きとイカ焼きのお店だったところ。
一回、イカ焼き買ってその後は、行ったことないですけど。

『やった~~、小龍包やて! 』
店の中を除くと、開店準備中のおじさん。
中国の人??

「いつ開店ですか~~?」
「あと、一週間ぐらいです。」
「メニューは、小龍包?」
「それと、焼き餃子・水餃子です」
日本語上手ですが、まぎれもなく中国の人です。

以前、「JR天満」の駅前に豚饅の屋台ありました。
中国の人がやっていて、ほんとに美味しかったです。
蓬莱の豚まん10個と、この店の1個、どちらをもらうか?

私、間違いなくこの店の1個を選びます。
ま、飢えてなかったらの話ですが・・・。

わ~~~!!小龍包、楽しみ。
もし美味しかったら、私はここで時々一人小龍包しよう。
わくわく、わくわく・・・。

☆小龍包は大好きやけど、ちょっと苦い思い出も。

20年ぐらいまえ、友達と二人上海に滞在してた時のこと。
ふらふらと、外国人は決して入らないような食堂に入りました。

上海語しか通じません。
基本的に、日本人には無愛想です。
やっとの思いで、小龍包と冷麺を、各2人前注文。

開けてびっくり!!小龍包のセイロの中に、50個は入ってます。
冷麺は、常温の面に野菜を炒めた具が乗って脂っぽい。
中国の冷麺は基本的にこんな感じ。
もう忘れましたが、支払いは、一人100円はしなかったと思います。

地元の労働者ふうの人は、 ビール飲みながら、
セイロを3つ重ねですごい勢いで食べてはります。
日本人と、中国人の圧倒的な食欲の差。

私達には量も、味も無理でした。 胃の調子が悪くなりました。



もう一つの苦い思い出。

その後、何年か経って、上海の豫園商城の中にある、
南翔という有名な小龍包の店に、周元龍老師と二人で行きました。
このお店、テレビでもよく取り上げられ、日本に支店もあります。
日本の支店は美味しくないです。

上海のお店、味は普通に美味しかったですけど、
この日は、1週間の練習期間中で最も疲れた日です。

そもそも、上海に太極拳習いに行ったのに、
なぜか欄手の操拳の套路を覚えさせられる。
当時、ド貧血の私には、超キツイ。 頭くらくらします。
小龍包とは何の関係も無いですが、一緒に思い出しました。

ある日の夕食時、

「城隍廟という道教のお寺があってな、周りは安くて
面白いお店が一杯やで。行ってみたい?明日、連れてったろか?」
とおっしゃるので、大喜びで行ったんですが、
到着してびっくり、何回も来たことがある、豫園商城の事だったんですね。

練習だけで、観光も出来なくて可哀そうと思ってくれたのかも
しれませんが、余計なお世話です。

城隍廟にお参りし、小龍包食べた後で、
「さあ、好きなとこで買い物していいで~~」と
おっしゃったんだけど、「私、買いたいもの無いから、帰りましょ。」
と言ってしまいました。
かなり、がっかりさせてしまいました。(*_*;

聞きたいこと、話したいことはいっぱいあるんだけど、
練習以外の時間を 老師と二人だけで過ごすというのは、
ほんとに疲れます。

そのあと、しつこく中国語を勉強し、
今やったら多分いろいろ話せるで~~~、と思った頃、
すでに、老師は亡くなっていました。

私、思い出や記憶は、いつも食べ物と共にあって、
大学の時の、クラブ合宿の食事のメニューまで、覚えています。

小龍包と聞くと、いろいろな事が蘇ってきます。

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太極拳のこと③~周元龍老師inサンフランシスコ~

 2011-06-24
ここ数日、周元龍老師のことが頭から離れません。

昨年亡くなられた息子さんの、明方さんの命日が近づいていたからでしょうか?

一緒に写した写真やら、老師のビデオを見、
思い出すと、うるうるしてしまいます。

写真は周元龍老師が、1987年にアメリカに太極拳の指導に行かれた時のもの。

サンフランシスコ市役所の前で写されています。
実物は、とても大きくて、純金箔にプリントされた美しいものです。
アメリカの学生が創ってくれたそうです。
 

    周元龍老師inサンフランシスコ


 
陳式太極拳一路のなかの動作です。 

周元龍老師の太極拳は、師の太極拳理論の軸である弁証法を、
体現したもの。
美しく、力強く、気品があります。 
日本では、太極拳の指導をされましたが、
攔手拳の名手でもあります。

 
とても、ハンサムでお洒落な方でした。
人民服もお似合いでしたが、旅立ちの服装は、スーツにネクタイ、トレンチコート。
1997年11月21日に逝去されました。

絵も、書も上手で、文武兼ね備えた方でした。

上海から武術家といえる人が、どんどん少なくなり、伝統的な文化の気配も、
街からなくなりつつあります。
残念ながら、今の上海、行きたい街ではなくなってしまいました。

1982年頃から、大阪において、周元龍老師に指導を受ける機会は何度もあったのですが、
あくまでも、当時私が所属していた団体に沢山いる指導員の一人として。
当時、周元龍老師の崇拝者のような人が多く、 これには正直いって辟易。
離れた所から眺めていました。


なので、周元龍先生に、上海に行って個人的に習おうとか、
習えるとか、思っていませんでした。


1991年?の8月、私と友人は、比較的若手の武術家に練習のアポを取り、
二人で上海に行きました

ところが、その方は突然重要な仕事が入り、ドタキャンされ、
私達二人を、周元龍老師に預けたのでした。
(ご自分の父上の友人で、仲が良いらしい。)

最初は、なんで~~!!と思いましたが、
これは、神様からのレゼントとしかいいようがない。
商店街の抽選で、何等賞かを当てたけど、商品が無いからと、
特等賞をもらったようなもんです。

私、くじ運は弱いですが、
人に対する引きはむちゃくちゃ強いです。
必ず、愛の人、その世界では本物と思える人に出会います。


突然転がり込んだ、日本人。
適当にお茶を濁して、指導することも選べたのに、
周元龍老師は、本当に熱心に教えてくださいました。

うまくいかない動作があった場合、
疲れた私が、「もうスルーしてくれても、かまわないのになあ・・・」と思っても、
周元龍老師は、決して諦めない。すごい、根気です。

あらゆる比喩を使い、動作の感覚をつかませる。
身体条件を見極めて、それをカバーする練習方法を探し、やらせてみる。
あらゆる事を、試されます。

おかげで、練習2~3日目にて、右ふくらはぎ肉離れ。
一週間後には、体重も落ちました。めでたし!
ついでに水あたりか、腹痛も。

帰国以后、我一定努力練習!!
最後には、私がそう言い放って諦めてもらいます。

当時、自分の太極拳に、 ちょっとだけ悩み、
何か軸になるものを求めていたので、大きな指針となりました。

ちなみに、日本に帰ったら毎日こんな練習をしなさい・・・というのを、
全部したら、1日4時間ぐらいの練習量になります。

とはいっても、私は普通の社会人。
太い足でも、普段はパンプス履いてます。
そんなに練習できませんて・・・。

そして・・・

元龍老師が他界されるまで、年1度の、
ワクワクする上海通いの始まりとなりました。


命は限りあると知っているのに、
面白い程、日常意識から抜けている。

明方さんが、あんなに早く亡くなられるとは
思っていなかった。

いつでも上海においで、無相禅功教えたるから・・・
といってくれてたのに。

もっと、会っておけばよかった。

   


    
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